制作者としての歩み

今日はいつものように喋りに加え、ディレクションも生放送でQ振りします。

セルフプロデュースというスタイルは昨日今日はじまったワケではなく、かれこれ20年以上前に遡ります。

この世界に入るきっかけはラジオオーディションであるサマーセミナー。

オーディションに合格しても、すぐには番組を持たせてもらえないので、制作会社に預かってADとして3年くらい修行させてもらいました。そりゃそうですよね、新人がいきなり番組を持てるほど甘くない。

しかしクラブDJもしていたので、作る側は苦じゃなかったし、むしろ新鮮そのもの。社会人経験なくして、20歳そこそこでこの世界に飛び込んだので、自由な時間はなかったけれど、音楽まみれの毎日は楽しかったですね。

初めてADでついた番組は深夜のバリー・ホワイトのmellow soulのプログラム。コンピレーションCDも発売されました。この時にディレクターをしていたのが、スターDJのあの方。右も左もわからない僕を愛のある毒とともに、手取り足取り教えて頂きましたね。なかなかお会いする機会がないですが、今会っても直立不動でしょうね(笑)

その後ADでついた番組が、週末の看板番組でした。この時のディレクターが何を隠そうあのレジェンドDJ。間違いなくここで学んだ全てが今の僕を作ってくれました。当時は喋り手がディレクターもしていた時もあったんですね。

今プレイしているラジオライクなDJ MIXは、この方の影響なくしては語れません。お会いする機会こそないですが、会ったとしても直立不動です、ハイ(笑)

このスーパー番組で「お前、喋り希望だろ、なんかやれよ」な感じでネタで使ってくれたのが、日本を代表するレジェンドDJ

毎週イジって頂けたのが嬉しかったですね。

いろんなネタをやる中、あの有名DJのパロディものまねがウケて、ADの分際で別番組のクロストークにものまねで登場したり、オシャレな放送局なのに、けしからん!と目をつけられましたね(笑)
このネタを聞いていたディレクターさんが「あれ、面白いよな。今度番組オーディションがあるんだけど受けてみない?」と。

 まだ世に出てないないDJがサテライトスタジオの新しい帯番組でデビューする…あれは24歳の時でしたね。

いろんな過程を経ての番組でのネタ作りやFLASH制作、スタジオワークが、僕の原点。

今日は、青春の忘れ物を取りに行くような感じかな。ディレクター席に座ることで、今まで見えなかったものが、見えてくる。

yusukesuzuki について

ナレーター、MC、ラジオのDJをはじめとしたVoice Actor
カテゴリー: BPM2022, Daily Event, Fashion&Beauty, Hope/Wish, MUSIC, NEWS, U-MORE!, Voice Actor タグ: パーマリンク

コメントを残す